でかい月だな
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「でかい月だな」水森サトリ
ぼくを混乱と哀しみに突き落とし、あいつは町から消えてしまった―。中学生の幸彦は、友人綾瀬に崖から蹴り落とされて大好きなバスケができない身体になってしまう。無気力な日々を送るなか、目の前に現れた天才科学少年中川、オカルト少女かごめ。やがて幸彦の周囲に奇妙で不可解な現象が起こり始め…。繊細にして圧倒的スケールの青春小説登場!第19回小説すばる新人賞受賞作。
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中学生のとき、このハードカバー版を読んだ。
そして20代になった今、文庫版を手に取った。
当時はラストのシーンで泣いた記憶がある。
今回も所々ぐっとくる所があったが、
いやにラストがあっさりしていて拍子抜けした。
やはり本というのは、
自分の成長とともに見え方が変わるから面白い。
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病院で目覚めたユキは、憎しみの渦中にいた。
ただ、その憎しみは彼のものではなく
彼を取り巻く周りから発生したものだ。
お化け屋敷に行って、いやにビビる人がいると
冷静になる現象があると思うのだが
まさにそれと同じシチュエーションのような。
家族や友人らが綾瀬を憎み、
悲しむ様を見るたびに、
ユキは逆行していった。
綾瀬を許そう、
僕にも非があったのかもしれない、
前向きにやってみよう、
人を悲しませないようにしよう。
逆行する事でしか、
自分を支えられなかったのだ。
ある日、例の「何か」が色濃くなり
今まで恨みつらみを募らせていた家族が
一転して綾瀬らを許そうと言った瞬間、
ユキは激昂した。
今まで我慢してきたのは何だったんだ!
お前たちが今まで吐き散らしてきたものを
今更見ないふりして、綺麗事を並べる気か!
綾瀬を許していいのは俺だけだ!!
支えをなくしたユキは動揺していた。
心の穴、寄りかかる場所のなさ
物語は転に差し掛かった。
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ユキの心の穴を少しだけ狭めて
支えになるキャラクターとして、
科学オタクの中川が存在する。
中学生らしからぬ口ぶりやらで
とにかく読む人を惹きつけるのだ。
惹きつけられたのは作中の人々も同じようで、
ふらふらと心に空いた穴を抱えながら歩くユキは、自然と中川に懐いた。
中川は、家に帰らず街を放浪するユキを家に招きこういった。
僕は君の夜に付き合うのみさ
このセリフが、事件のあった日の
記憶を呼び起こす。
綾瀬にとってのユキの存在
ユキにとっての綾瀬の存在
2人のすれ違いを浮き彫りにし、
そしてあの事件がさらに2人を結びつけた。
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このストーリーでは、
中学生らしい子供でも大人でもない年頃のモヤモヤと、交友関係、親子関係などを描きつつSF要素?を加えている。
このSFチックな超常現象について、
結局のところなんだったかの解説はない。
争いをなくし、協調性を強め
みんなをドロドロにして
同じ思念体にしてしまう何か。
しかし、主人公のユキも綾瀬も
溶けることはできなかった。
それはきっと彼らが、
「幸せになりたくない人間」
だったからだろう。
2人は
お互いに許すことも、
許されることもせず
ただ平行線を付かず離れずで
歩くことを選んだ。
今は、そんな歪な幸せと友情を
選ぶしかなかったんだろう。
いつか、再びあの何かが襲来した時には
溶けて、混ざり合って、わかり合う日が
来るんだろうか。